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井戸を掘る人を作る

ライセンスメイト篇

平成16年7月号「人と意見 心の経営ゼミナール 第6回」

「わが国における経営のキーワードがあるとすれば、それは終身雇用と実力主義を両立させることだ」

 このシリーズでは、私が24年間に及ぶ学校経営から肌で感じ取った中小企業の経営ノウハウを計12回に亘って紹介させていただく。

 私たちの日々の業務は「学校仕事」であり、他人様に有償で専門知識を伝授する仕事である。しかも、伝授した内容の品質が様々な試験結果によって不断に問われ続ける。徳育・知育・体育の「三育」からいえば、二番目の「知育」部分だ。それを「授業」という形を通して遂行するのが日常の課業となっている。

私たちの仕事は「知育」の販売

 今回は「知育」の販売について、とりわけこれから購入(入学)しようとする人をいかにして確保するかについて展開してみたい。

 まず、心すべきことは、世間様からいかに知識の豊富な「専門家」といわれようと、「注文(指名)を受けて」、しかも「対価を支払っていただいて」からでしか「専門職」とはいえないということである。世間様は注文(指名)と支払いという行為でもって「評価」する。並いる競合を尻目に「注文を受ける」ということは、局地的にしろNo.1として認知されたことに他ならず、それこそなりゆきで指名されたのでも何でもないことをしっかりと自覚すべきである。

 そして、No.1の認知は畢竟顧客が享受するサービス面にも求められる。すなわち世間様は過去において築き上げてきた信用実績を判断材料に現在の対価で将来のサービスを購入するというわけだ。

継続と能力という二つの担保

 しかし、ここで「学校仕事」のやっかいな問題について一言述べてみたい。それは支払いの時点がサービスの享受前であることである。私たち学校の側からいえば事前回収であり、先方(顧客)の側からいえば「前払い」である。

 そして「前払い」である限り、相応の担保を求めてくる。それは大別して二つに分けられる。一つは「事業継続の担保」であり、もう一つは「提供能力の担保」である。前者がないと最後まで講義を続行してもらえるかどうかという不安がぬぐいきれず、また、後者がしっかりしていないとそもそも専門知識の習得ができないばかりか、試験合格もおぼつかない。かくなる理由から継続と能力という二つの担保は、「前払い」を認知してもらう上での決定的なファクターといえる。

向上心、向学心を萎縮させない

 それでは、この決定的なファクターはいかにして表現されるかの問題に移ろう。一つ目の「継続担保」の要求に対しては「伝統の紹介」を、二つ目の「能力担保」の要求に対しては、合格者や成功者という「証人の紹介」をもってあたることにしている。

 そして、これら二つの回答を提示し続けることによってこそ、飛躍行為であった「前払い」が通常行為になっていく。

 しかし、もう一つ重要な問題を説明しなくてはならない。それは、これから入学(受講)しようとする人に内在する通学意欲や向上心、向学心が萎縮してしまわぬように常日頃からお声掛けをする作業があることだ。そして、この作業をつきつめていくと先方がもっている意欲や志の依ってたつ動機そのものに関与せざるを得なくなる。

「易きに流れる」性(さが)との闘い

 つまり、これから学校の門をくぐるであろう人が抱く「それなりの人生設計」に真摯に向き合わなくてはならないことになっていく。大体、向学心や向上心は萎むためにあるといっても過言ではない。それが逆にますます堅固で不抜なものにしていくことのできる人など小数派も少数派であろう。それゆえ、入学や受講を勧奨するとは、人間のもつ性(さが)である「易きに流れる」態度に不断に待ったをかける行為でもあるのだ。

一心に岩をも穿(うが)つ桑の弓

 結論に入ろう。伝統と能力、この二つの担保を体現し、人様の「易きに流れる」性(さが)に不断に待ったをかける行為〔そして人様の夢の構築に直接関わる行為〕が私たちの仕事である。

 そして何度もいうように、向学心や向上心などというものは、安易さを求めてやまない現代の風潮にいとも簡単に挫折させられる宿命を背負っている。かくなる理由から私たちの仕事を貫くということは、「易きに流れる」巨大な奔流を市場化している今日の状況の中では容易ならざる姿勢が必要となってくる。

 「一心に岩をも穿つ桑の弓」というが、水脈の一歩手前で諦めて、結果「穴を掘ったにすぎない人」ではなく、水脈にたどりつくまで穴を掘り続けることのできる「井戸を掘る人」を作るのが私達の仕事だと思っている。